幹事が周りにいない状況でも、直接会わずにプチ同窓会ができる"今の環境"とは
皆様こんにちは。
この記事からお読みいただいている方にとっては初めまして。
地方の広告代理店に勤める三十路サラリーマン。妄想族一員のyasutanxと申します。
小学校・中学校・高校・専門学校・大学など、社会人になるまでに多くのコミュニティを形成し、たくさんの知人を増やしていくと思います。
その中で出会った友達は永遠の宝です。
なぜ宝となるのか。
価値があるからこそ宝となり得ます。
その価値とは何でしょうか?
おそらく有限の中である学生時代の思い出の共有ができるからではないでしょうか。
社会人となった後では、同級生と歩む学生生活における思い出は二度と増えません。
その社会人となった方々が同窓会などで、かつての友達と会う機会はとても大切です。
共に歩んだ思い出を話し合うことが出来る唯一の友達がその場にいるのだから。
ここからが本題です。
正直に申し上げますと、私はお酒は苦手だから飲みたくない、遅くまで出掛けることも面倒だと感じてしまうなど自己中心的な考えの持ち主です。
自分の住んでいる地域に友達全員いればそこまで億劫ではないのです。
帰ろうと思えばすぐ帰れるので(笑)。
しかし、社会人となると県外への企業へ勤め始めた友達もたくさんいるはずです。
そうなると話は変わっていきます。
たった4人だとしても友達を集めようと思い、連絡取って予定決め合うのも面倒。
誰か幹事やってくれないかなと。
例えばこの4人に幹事をやってくれそうな前向きな友達がいれば、大丈夫です。
その流れに沿って、決められた場所・時間に自分が行ければ問題ないので。
この4人に幹事をやりそうな積極的な友達がいない場合こそ、このタイトルへと続いていきます。
「誰か幹事をやってくれれば、行くよ」
このスタンスの人って実は多いと思います。
特に社会人となると、一人一人環境の違いから予定を決めるのも難しくなり、ズルズルと月日が経っていくことって多くないでしょうか。
"そこまでの友達なんじゃない"
"本当の友達だったらそんなこと起きない"
上記のように思われた人もいると思います。
確かにその通りだと思います。
とても仲の良い友人なら、簡単に連絡を取り合うことが出来るのかもしれません。
しかし、物理的に距離が離れた友人が3人以上いるシチュエーションを思い描いてください。
ただし、自分が今後も本当に大切にしたいと思える友人ですよ。
思い描いた結果、簡単に連絡取り合ってプチ同窓会を開けたなら、そっとこのブログを閉じましょう。
もし、気付いたら3年以上連絡取ってない友人を思い描いた方なら続きを見てください。
実は、先日プチ同窓会をしました。
最後に会ったのが7年前という、私を含めた4人の友人たちです。
全く予定になく、急遽行われたプチ同窓会。
皆、場所もバラバラ。
幹事もいない状況です。
どのように開催されたのか。
ただのFacebookのグループ電話です。
友人から夜電話がかかってきて、久しぶりからの5時間の長電話です。
7年ぶりの再会がグループ電話ですよ(笑)。
これが意外と楽しくて困ります。
お互い見た目はFacebookやInstagramなどで分かってはいたのですが、話し合うのは7年ぶり。
不思議と見た目は想像出来るのですが、話すととても懐かしい気持ちとさせてくれます。
もう完全にプチ同窓会気分でした。
私はお酒が苦手なので、飲みませんでしたが、友人はワイン片手に電話。
他の友人に関しては、動画を見ながらの参加など自由度高すぎ。
仮に一気飲みなどを強要したがる嫌な人間がいたとしても、その流れが出来ないこの同窓会形式は個人的に評価が高いですね。
(そんな人が友人にいないので、心配ないのですが)
話を戻します。
この話を聞いて、人によってはスカイプやチャットと同じでしょと思われた方もいると思います。
そうです。一緒ですね。
今回お伝えしたかったタイトルにある"今の環境"という意味は、
『何で同窓会を開くか』ではなく、
『同窓会への考え方の変化』をお伝えしたかったのです。
おそらく10年前では、電話で同窓会をやるなんて言ったら誰もがバカにしたと思います。
2019年現在においても、その考え方はまだバカにする人もいるでしょう。
しかし、ここまで個人の現状を報告できるSNSというツールが普及した中、合うことへの必要性は以前と比較すると減ったと私は考えます。
もちろんSNSをアップするだけでは同窓会は出来ません。
一方的な発信ではなく、双方の対話がコミュニケーションとなりますので。
SNSで個人の現状を確認できる環境であれば、残すは対話だけですね。
今回のまとめです。
タイトルの
幹事が周りにいない状況でも、直接会わずにプチ同窓会ができる"今の環境"とは
それは、
以前と比較し、情報を入手しやすくなった環境だからこそ、同窓会のハードルを下げても問題がない
と私は考えます。
決して直接会うことへの批判をしているわけではありません。
一番は会って直接話すことが望ましいと思います。
しかし、私と同じように、連絡を取り合って、全員と予定を合わせ、遠方まで出掛けてという一連の流れが面倒だなと思っている方々へ。
冒頭で申し上げたように、かつての友達は宝です。
時々、その宝と向き合うことで、自分の培ってきた価値を見直しましょう。
自己分析につながることもあります。
過去の思い出から新しい発見があるかもしれません。
いいんです。3年以上ぶりだって。
むしろそれぐらいの頻度の方が、話がはずむと思います。
私だって7年ぶりでも、丁度いいとすら思えたのだから。
簡単に同窓会を開けるという認識さえあれば、連絡を取ることへの億劫さは今より軽減されるでしょう。
この記事がお読みいただいた方の"きっかけ"となれば幸いです。
PS.
この記事とは関係のないブログも書いておりますので、良かったらお読みください。